なぜ、を考える余裕が出てきたということです。
基本的に良いこと
自分はどれだけ頑張るんだろう。どこまでやり込むのだろう。
こういったふと立ち止まったとき、再現のない努力を求められているような感覚に襲われてすごく不安になることがあります。
でもこれは基本的に良いことです。
マズローさんは、人間の欲求が「生理的」「安全」「社会」「承認」「自己実現」の5段階(後に6段階目「自己超越」も追加)としました。
最初の「生理的」は食事、睡眠「安全」は経済的に困窮していない、健康であることです。
これら2つは確保されていなければ、頭を働かせている余裕はないので、なぜを問う前に動こうとなりますし、せざるを得ません。
「社会」は何かに所属したい、「承認」は誰かに認められたい、です。が、これも満たされているのであればどこまでもとめるのかという際限のない話です。
「自己実現」は自分を成長させたい気持ちですが、これも際限がありません。終わりはなく、どこまで自分はやるのだろうという気持ちにも囚われます。
ここで立ち止まりたくなるのですが、私の場合、結果を気にしなくてもいい、あえて言えば負けを作ることをします。
リスクを取る
自己実現というものはコインの裏表のように、リスクを取ることで実現するかしないかを追い求めるものだと考えています。
何を言っているかと言うと、「生理的」「安全」「社会」「承認」ここまではやりたいことより、得意なことで進んでいったほうが満たされやすいものです。仕事においても趣味においても結果がでやすい人の方が評価されやすいからです。なので、結果が出ている人ほどリスクを回避することが染み付いています。
ですが、自己実現は真に自分のやりたいことをやるということを前提にしないと結果がでても満足するというか、先に進んでいる気持ちは生まれないと考えています。
私で言えば、スポーツ。私より凄い人は一杯いるけど、1500mを泳ぐ自分に成りたかった。初めて出たアクアスロンはスイムを下から2番目でゴールしました。ものすごい恥ずかしいものでしたが、誰も責めたりはしてこないですし、前に進んでいる限りは周りも応援するスタンスです。あ、でも書籍はレビューとかで責められてたりもします。これも気にしていては手が動かなくなるので気にしないようにしています。
見返りは。。長い目過ぎて気が付かないですが、気分転換とフレイル予防でしょうか。時間とお金は何もしないよりはでていきますね。でも楽しいです。
なので、赤字何だけど、自分がコントロール出来る範囲で、すごく楽しいというものを意図して作り出していけると良いですね。
{編集後記}
昨日の
- トレーニング:オフ
- 夕飯:鶏の塩焼き
- 昼飯:チキンステーキ
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