社会資本は引き算の発想

橘玲の本に、人間に三つの資本があるという話がありまして、一つが人的資本で、もう一つが金融資本、もう一つが社会的資本という話があります。

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多ければ多いほど良い?

これは、人的資本が稼ぐ力とか、そういった労働としての給与というか対価が見込めるもので、スキルアップしたらもらえる金額が上がるというようなもの。金融資本は、その名の通り、金融というか、預貯金、株式等の金融の財産のことを言います。こういった人的資本とか金融資本っていうものは、あればあっただけいいと言いますか、スキルとかは、できればできるほどいいということになりますし、財産もあればあっただけいいということになります。

それで社会的資本っていうのは、人間とのつながりと言いますか、コミュニティというものに対して、人間は幸せを感じる生き物なので、そこをどう考えるか?というお話になるのですが、人によっては友達多ければ多いほどいいという方もいらっしゃるでしょう。そういった方は足し算の発想ということになるのですが、どうも、私はそういう感じではないような気がしていますし、そもそも多くの人間との関係を続けるということが、いまいちピンときません。

試行錯誤

人によってはだからどうしたの?っていう話の内容かもしれませんが、私としては40歳になってもピンと来てないところっていうのは、結構大事な話というか、人それぞれの感覚の問題なんで、どういう考えでもいいのかなと思うんですけど、基本的には、人に迷惑をかけたくないという考えがあったりとか、どっかチームに所属していても、腰掛けというか、貢献できてないなという気持ちがあると、いまいち、かえって所属しているのが申し訳ないみたいな感じになったりとかします。

それよりも、しっかり関われてるといいますか、自分ができる範囲が、そのチームというか、メンバーの中で喜ばれてるというか、役に立てるという感覚があると、それはどんなに小さい規模だろうと嬉しいという気持ちになるのかなという気がします。

必然というところもあるんですけど、独身の頃はより大きな集団に属して、そこに時間を使ってということができていたような気がするんですが、家族を持つようになると、自分の時間というものが減っていくっていう中で、今までと同じように、そのコミュニティに貢献できないっていうところを、自分の中でどういうふうに消化したらいいんだろうなって言うのが、ここ十年、結論があまり出せていなかったというか、試行錯誤していたという感じになります。

自分としては

それで、結局のところは、自分の結論としては、自分が独りで活動するか、自分と似たような感覚を持っている人たちで構成して、何かやるっていうことが、今の結論ということになります。

新しいスポーツにチャレンジしたりとか、すでにあるチームで所属してみる?とか、やってみるのですが、申し訳ないという気持ちと、貢献できてなくて申し訳ないという気持ちと、大して競技にも集中できていないという気持ちと行ったり来たりで、これやってる意味あるのかな?とか意味とか考えだします。

スポーツで意味を考えてもてしょうがないんですけど、虚しさのようなものを感じると言いますか、趣味なんだから、自分が気持ち良いようにやっていいんじゃないかなという気持ちに、なぜか蓋をしてしまうっていうところが、自分の中で消化できずにいるのだと思います。

で、結局やっと2026年にして、最小限のチームということで考えて、で、そこから展開していったらいいんじゃないかなというふうに、割り切れたと言いますか、極論で言えば、そのチームで言えば、自分はほぼ競技として活躍しなかったとしても、このメンバーに貢献できるんだったら、いいかなって思える人たちと活動できたら、いいという考えです。

そう思うと、自分を差し引いてもっていう感じがあるので、引き算の発想が、社会資本の考え方ではいいんじゃないかなと、やっと思い至るようになりました。

書き出してみていい大人が今更という内容ですが。

{編集後記}

昨日の

  • トレーニング:オフ
  • 夕飯:カレーライス
  • 昼飯:ほうれん草と鶏むねミンチ炒め

 

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