自分にスタンプを与える
学校の宿題をやったら最近は親がスタンプかサインをするんですね。私が子どものときはスタンプもらったのはラジオ体操ぐらいの記憶ですが。決して先生が頑張らなくなったという話でも無く、むしろやることや考えることは増えているので自然の流れだと思います。タブレット端末も私が子どものときはありませんでした。
ブログにはいくつも意味合いを作ることは出来ますが、スタンプみたいなものと考える事もできます。
公認会計士試験受験時代はスケジューリングして、出来たら◎をすることで達成感を得ていました。
大人になってからは勤務時代は締切とクライアント対応をこなすことがスタンプみたいなものでした。
独立してからは指示をくれる人もいないので、とにかく自分の仕事を見つけてくることをやりつつ、3年目ぐらいまでブログをしていました。やることがあるというのはお金が発生していなくても達成感があります。
その後、仕事でアワアワしたときに一度ブログを中断して、3年ぐらい前に平日毎日で再開しました。
1回1回の内容がどうということではなく、アウトプットする習慣を持ちつつ2見出しで文章を書くということが急にフられたときの準備になっています。1個はなんとかなります。2,3個となると普段から出していないと私の場合はでにくいです。考えながら喋るというより、思いつきながら喋るというのは。
今実際にやっていることを書くだけ
AIが文章を考えてくれる時代に何が価値のある内容、発信なのだろうと考えることがあります。
最近の結論は、自分の実際にやったり考えたことを書ける範囲で書いたら良いということです。
嘘の内容だったり、最後が「の場合があります」という文章だったらいくらでも書けてしまいます。
かといって、赤裸々に全て書くことが社会の利益になるかと言えばそうでもありません。
あまり難しく考えすぎず、やっていることで、ブログやHP上のキャンバスに情報として載っけていないことは書いていっても良いのではないか、ということです。
良く考えなくとも実際にしている関わりであれば書いて良いはずですし、必要な人には目に届くかもしれません。
{編集後記}
昨日の
- トレーニング:オフ
- 夕飯:鶏むね肉ステーキ
- 昼飯:辛子明太子
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