冒頭
タイトル出落ちのような話ですが、最近AIが流行る中で問いを立てる能力が大事、苦手なコトをしてもしょうがないという空気がある気がしてます。たしかにそうかも知れません。
が、この記事ではそうでもないかもしれませんという話をしてみます。
22歳まで自分としては本気で部活に取り組んでました。目が出たのは大学3年生冬の数ヶ月だけでした。
それから全く取り組んでいなかった、会計税務の勉強と試験は30歳まで続きます。試験は出来るようになったかも、と砂漠の砂を掴むような手応えを掴んだと思ったら終わります。試験は良いので働いてください、と。
鍛えるとは
社会に出るのが通常より遅く、要領も良くないので失礼と迷惑を重ねます。今でも悩ましいですが、10年前に比べたらまあ。。というレベルです。
なんか出来ないというより、基本出来ないことが多い、という経験を良くしてきたつもりです。
最近AIを使っているとなんか出来てしまうということが良くあります。これが果たして自分に取って長い目でみて良いのかどうかは謎です。
というのが、うまくいかなかったけどいかにして自分なりにクリアするかということが自分にとっては長い目で見て大事だった。当時うまくいきたかったけれど。と感じます。
今、考えることが最優先で、その後にどんな処理をするか、行動を取るかを行います。その考えることの補助、処理の補助にAIを使うということは成果に早く繋がる実感もあり、良いと私も思います。
ただ、AIが補助でなく、メインとなって考えてから処理も行うことをするとしてしまうと人間の成長って何だろうと感じます。
それこそ、AI(道具)に任せて、うまくいくことが増えるのであればそれはAIに任せて、人間がうまくいかなすぎて、時間も取らなかったようなことを、今こそ目的として行動できる機会と考えれば楽しいことはまだありますね。
。。。馬に乗るとかでしょうか。
{編集後記}
昨日の
- トレーニング:Jog 4k
- 夕飯:カレーライス
- 昼飯:レタス炒め
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