もし子供に勉強してなんの意味があると言われたら、その質問をしている時点で人生に後ろ向きだと言いたい。
半分以上勉強しない
集団心理的に勉強しなかった、私も。というやり取りを学生時代にしたような記憶が誰しもあると思います。
実はしている、ほんとにしていない。等色々あったのでしょうが、「テスト」というお題目があったので、テスト勉強があった、受験があったので受験勉強がありましたね。
では社会に出てからテストや受験があるかと言えば、本人次第、属している組織次第となります。
自身で問題提起して、それに対して勉強。組織で課題を課されてそれに対して勉強。
これをする人どれくらいいるでしょう、半分もないと思います。大勢は決められたことをその日するのみ。
至る・至らない
中野信子さんのyoutubeで生まれた環境は不平等あるが、純粋な運で言えば気づくか気づかないかだけの差、という話がありました。私もそう思います。
私の仕事は基本的に税務相談、税務申告、会計監査等なので税や仕訳、決算申告について相談を受けます。
他の同業もそうだと思います。
そこから会社に関する問題点に気付けるかどうか。ここもAIが代替してくれるかもしれませんね。
でも、会社を動かしているのはAIではなく人です。人を動かすように伝えるのは大変ですよ。うまく行動変容してくれることもあればしてくれないときもあります。
してくれないときは何もしてないのと一緒思われて嫌になりますが、それも程度問題ありますので概ね問題提起してよかったとなります。
その前提にあるのが、気づくのも量、調べるのも量だと考えてます。
大量の経験や書類の中で類似性に気づく直観、問題点について記載のありそうな本で似たような記載。
何万時間を前提にした一瞬にかけて勉強する姿勢がないと至りません。
時間はかかるけど再現性はあるから勉強しませんか。
{編集後記}
昨日の
- トレーニング:オフ
- 夕飯:カレーライス
- 昼飯:カルビ丼
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